投稿日: 2020/07/15

雲竜ビルはり治療室・雲竜漢方薬局

「鍼灸古典をたずねて」(15)

3-4 日本への伝来(2)
【1400~1490年】 室町時代に明との交易が盛んとなり、金元や明の医学が伝来している。田代三喜にはじまり、曲直瀬道三を中心に金元医学を主体とする後世方派ができた。道三は病因を内外に別け、内因は五臓の鬱とし、外因は経絡より感じて起きると説き、鍼灸をも用い鍼灸要素、指南鍼灸集などの著書がある。
同時代に甲斐の永田徳本が宋代以前の医学、秦漢医学を主体として古医方を唱え、また独創で薫蒸法の梅毒治療を水銀で行った。鍼も用い腹を中心に治療したようである。この流れに禅僧夢分による夢分流がある。夢分も腹を主として治療している。
【1617年】 御園意斉が打針法を発明しているが治療法は不明である。
【1631年】 曲直瀬道三の子、云朔等により五運六気は運気論として、又臓腑経絡配当説が完成され医学の主流となった。
【1660年】 古方派の後藤艮山は一気留滞説を立て、気の留滞が皮膚にても経絡にてもみな腹の内に入り鬱積するとし灸治をすすめ、温泉を治療に用いることを説いた。
【1671年】 ハイネ(オランダ)は針術をヨーロッパに伝えた。
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